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Y.マルヤマ株式会社

〒955-0031
新潟県三条市
松ノ木町8番39号
TEL 0256-31-5880
FAX 0256-39-3880
e-mail
info@y-maruyama.co.jp

丸山征夫 顔写真

代表取締役 丸山征夫 プロフィール


 1943年(昭和18年)、新潟県三条市四ノ町に生まれる
 三条第一小学校、三条第一中学校、三条実業高校(現:三条商業高校)の商業科を卒業。
 1961年(昭和36年)、長岡の丸福証券に入社。加茂支店に配属される。
 丸福証券には3年弱、お世話になったが、証券業界に失望し、退職する。

1951年(昭和26年)小学2年生・新潟県三条市の八幡様にて

■ 証券業界に失望、そして転職・・・

1963年(昭和38年)丸福証券時代

 1964年(昭和39年)名古屋の貿易会社「科野産業株式会社」の新潟県燕支店に入社。
 科野産業株式会社では、金属洋食器、台所雑貨などの輸出業務に従事した。
 三条市や燕市の企業の中から、輸出に向きそうな商品を、どんどん外国の取引先に送った。
 そして、先方からの反応に興味を持つようになる。
 何といっても、自分の送った商品見本で、取引が決まった時のうれしさは今でも忘れられない・・・。
 また、取引先の外国人を連れて地元のレストランなどに入ると興味の目で見られたのを憶えている。
 その頃はまだ、外国人は三条市や燕市には珍しい存在であったためである。


■ 外国人と接するおもしろさがわかってきた。ところが、会社は倒産・・・
 20歳頃は、まだ実際に英語で話す機会がなかったが、高校時代に勉強した文法などが役に立ち、外国から来た手紙は何とか辞書で調べながら読むことができた。
 驚いたことに、他の社員もみんな高卒なのに同じように英文の手紙を解釈していた。
 時折たずねてくる外国人バイヤーに接し、自分の英語が少しでも通じた時はうれしかった思い出がある。
 彼らの国の話、手振りや身振り、マナーなど全てに興味があり、いつかは外国に行ってみたいと思っていた。

 ところが、この会社は倒産してしまった・・・。
 売上の何割も占めていたアメリカのバイヤーが、注文先を変えたのが引き金だった。
 そのほか、東京支店の家電業務が良くなかった上に、東京神田に買ったビルが足をひっぱたらしい・・・。

■ またしても転職。しかし、チャンスが訪れる・・・
 倒産後の1965年(昭和40年)、岐阜県関市本社の「三星刃物」に入社した。なかなか会社の空気になじめず、これも3年位で辞職。
 1968年(昭和43年)のことだった。
 そんな折、倒産した科野産業の先輩が、「オランダの洋食器会社のバイヤーが日本人社員を探している」とのことで、1969年(昭和44年)1月、オランダの洋食器工場の日本法人「インスタレックス株式会社」に入社。
 当時の事務所は東京の渋谷神宮前にあったが、私は1人で三条勤務。燕市で洋食器の新見本を探したり、値段の交渉をしたり、注文や検査をした。事務所には、ブラザーのタイプライター1台だけだった。
 その当時、新開地にある家には電話もなかった時代である。電話は会社の費用で不動産屋から購入したが、電話線も遠くから引いてもらった。近所には、まだ電話がなくて借りに来る人も時々あった。

 これが、現在のアメファ・ファーイーストの前身である。

1972年(昭和47年)オランダAmefa社の故会長と

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